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■夏休み（虫取り）
2008年08月21日
それでも８月、お盆も近くなる頃には、日暮れが近くなり、秋の気配が忍び寄る。
日中は狂ったように鳴いていたセミの種類も入れ替わり、虫の声が聞こえだす。
自然の有り様が大きく変わったとよく言われる中、
更に原油高やそれに伴う諸物価高と、生活を苦しめる要素が尚、
庶民をいらいらさせる。
自然に連動して、生命の成り立ちがある以上、
如何に工業製品に溢れていても、狂いや誤差は出てくるのかもしれない。
僕たちが小学生の頃の夏休みをふと思い出してみた。
あの頃の夏も暑かった？僕たちは長い夏休みを持て余し、
全身から汗を流しながら、埃まみれになり、虫取りをしていた。
あの頃は時代全体が貧しく、子供たちは皆、自立を強（し）いられていた。
生活のために親は一生懸命仕事をし、子供たちは放りっぱなしの環境の中で
子供同士の世界を作り上げ、地域の連帯に絡みながら、
一日一日を過ごしていた。
虫取りは、紡績工場の広いグラウンドで行われていた。
もう随分使われていないようなグラウンドで、
外野部分には夏草が生い茂っていた。
小学校2年、3年生頃だったろうか。5年生、6年生もいたかもしれない。
カンカン照りの昼下がり。うだるような暑さの中で、
空気さえもがトロンとしていた。土の匂いと草いきれが周りを包む。
ジー、ジーと鳴き声を辿り、背丈ほどにも伸びた草を掻き分けると、
大きなキリギリスと目があった。つとキリギリスは葉の裏側に隠れる。
そっと裏側に廻ると、キリギリスは大きく飛び跳ねた。
草が揺れ、日差しと土と草の匂いが改めて鼻腔を突いた。
緊張感が崩れ、顔中に汗が伝っていることを感じ、手で拭った。
真夏の昼下がりのグラウンドは広々と全てを収めそこにあった。
ある１日は、畳の上で只ごろごろしていた。暑い、只暑い。
そしてそれに対して為す術を知らなかった。エアコンなど勿論ない。
どうしたら時間が過ぎるだろうか。小学生にして生きる大変の一端を思った。
宿題は山ほどあったが、全然手をつける気はしなかった。
その頃の正しい生活様式は、起床したらラジオ体操に行き、
朝の涼しいうちに宿題や勉強をし、午後からは遊んで好いというものだった？
印象的な記憶は、中学生になり、遠征範囲も広くなり、
友達の家からの帰り道だった。昼下がり終盤で夕刻には未だ間がある。
大きな池の淵を歩いていたら、トロンと池面も暑さにうだる中、
ざわざわと水音がしたことである。ふと水面を見ると蛇だった。
大きな池の向こう岸寄りに島があり、その生い茂った草や木の間から、
蛇がこちらへ向けて池の半ばまで来た所だった。
池の水面に夥（おびただ）しい魚の群れが集まり、
なんと魚はその蛇を水中へ引きずり込もうとしているのだった。
大きな鯉や鮒の類の他、小さな魚までが一緒になり、蛇を突付いている。
大きな魚が蛇の尻尾をかんで、水中にグィッと引きずり込む。
必死の攻防戦が始まった。蛇は必死に蛇行してこちら側を目指すのだが、
如何せん魚の攻撃は益々激しくなり、蛇は何度も水中へ引きずり込まれる。
僕らが溺れそうになって必死になるように、蛇の必死さが伝わる。
だが段々、蛇の進行方向が怪しくなってきた。
何度も水中に引きずり込まれながら、その都度蛇は体をくねらせ、
魚の攻撃を跳ね除け、こちらの岸へ向かっていたのだが、
ポシャンと一際大きな水音がしたと思ったら、
蛇は水面から姿を消したのである。
岸まで後、僅かだった。僕はこの攻防の一部始終を見ていた。
急に池の周りの草が風に揺れ出した気がした。
暑い日差しが島の向こう側に隠れ、
昼下がりから夕刻の時間帯が、今日のドラマの終焉を伝えていた。
夏休みは暑い中、トロンとした中、うんざりした中で、
こんなドラマも繰り返されていたのである。
池の表面は何事もなかったかのように静まり返っていた。
僕は暑さも忘れて見入っていたようである。
池面を渡る風が涼しくなっていた。
50年、半世紀前である。故郷にはもう既に池はなく、
有り溢れるほどワイルドな自然環境は、
マッチ箱のような人工的な自然にと姿を変えた。
広大なグラウンドも大きな池も早い時期に姿を消し、
故郷の残像は益々遠のくばかりである。
伏見谷 徳磨
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